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山吹のたより

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2018.09.11

行事以誠その2 額入手の経緯など

前号(平成30年6月)にて、弊社の古い蔵を利用した社員食堂には「行事以誠(ぎょうじいせい)」と墨書された額が掲げられていること、揮毫年は明治9年、龍華山人の文字があること、ついては龍華山人なる人物をあたっていきましたら、京都府2代目知事・槙村正直と判明したことをご紹介しました。今回は、その続きとなります。

江戸時代の後期、もう少しで明治維新を迎えるというころ、小山久左衛門正友(山吹味噌、中興の祖)が、正邦、さわの両親の元に誕生しました。さわの実家は真田(さなだ)の横尾という所にある北澤家です。さわは正友を出産して3か月後、小諸の町に流行(はや)ったコレラに患って不幸にも亡くなります。

さわの兄にあたる北澤金平(きんぺい)は妹が嫁いで産んだ正友の成長を大変気にかけていたようで、20歳の成人を迎えた時に、京都へ留学の手引きをします。

金平が甥の正友を案内出来たのは、本人が明治2年から10年間にわたり京都の役所に奉職し、広い人脈を構築していたからです。この時期に京都で働いていた金平と額の作者・槙村正直の交流の証(あかし)が「行事以誠」の書。時は明治9年、槙村は44歳の副知事職、金平は総務部長職だったと思われます。小山の家を大事に思うところから、大切な副知事の書を小諸の家に寄贈したのです。

以前、NHKの朝の連続ドラマで信州の味噌屋を舞台にした『かりん』という番組が放映されたことがありました。スタジオ収録の舞台美術に必要な味噌の大桶や味噌漉しの機械、包装用のシール機など、味噌造りに使用している用具を大型トラック5台分ほど貸し出す協力をしましたが、事前に「味噌屋が持っているモットー」を探していた番組スタッフからこの「行事以誠」額について取材を受けました。

「事を行うに誠をもってす(誠をもって事を行う)」を社員の指針・会社の目標としているとお伝えしたからか、スタッフは現物を見て大喜び。こちらも初めはそのまま貸し出すつもりでしたが、額が大き過ぎてスタジオのサイズに収まりきれないことが分かり、縮小して製作したものをスタジオ内にしつらえた客間に掲げる設定で登場したのでした。

「蔵まつり」などの際に社員食堂がイベント会場となることもありますので、その機会には壁の額もご覧いただけたらと思います。

( M・T )

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